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     "長編03"からの続きです。



[abys048.txt] SIDEBの奴、こそーり改…。2004/10/07(Thu)20:23 N23.txt

SIDE:B 表と、裏と

「はい、骸骨の杖の代金。1Mzね」
「うむ。感謝する」

 ぽん、と手渡された金額は、庶民ならば一生暮らせそうな大金だったが、
 渡す方はともかく、受け取る方には人間の金銭感覚というものが根本的に欠如している。


 紫衣の聖職者が無造作に目の前に積み上げた金貨を前に、イリューは少し困ったような顔をした。

「…礼は、どうすればよいのじゃ?」
「別にいらないわよ。めんどくさいし」

 そう答えた女は、自宅にふらっと現れた少女をものめずらしそうに眺めていた。
 知らぬ仲ではない。

 むしろ、プロンテラ中を探しても、
 彼女以上にイリューの素性を知っているものなどそうはいないだろう。

 プロンテラの魔女。
 魔王バフォメットの王妃。
 暗黒街の聖女。

 いくつもの二つ名で呼ばれ、畏怖されるその聖職者は、
 10代の村娘の如き好奇心も露な表情でイリューの顔を覗いていた。


「それより、貴女が人間の男の世話になってるなんて、意外だわー」
 男、が妙に強調されているのに頬を僅かに染めがらも、イリューは律儀に頷く。

「…うむ。その者には世話になった。別れる前には礼はせねばならぬじゃろう?」
 俯いたままで、金貨を仕舞い込む少女の頭を、こつん、と軽く拳骨が撫でる。

 慌てたように顔をあげたイリューに、拳骨の主はにっこりと笑みを見せた。
「がんばりなさい。後悔のないように」


 イリューとて、この一週間に何も考えていなかったわけではない。
 このぬるま湯の様な日々はいつか終わると、それは分かっていた。

 その、いつかが実感を持って考えられるようになったのは、深淵の騎士子の来訪ゆえ。

『…いずれ、妾が何者であるかかの人間に分かってしまう時がくる』

 騎士子に告げた自分の言葉。
 口に出してしまえば、終わりの理由は当たり前すぎて悩む余地もない。


 あの騎士とイリューの間には人間と魔族という深い溝がある。
 そこを超える力はイリューにはなかった。

「……妾は、お主の様に強くはないのじゃ。
 お主は、人の世でのしがらみを全て断ち切ってバフォメット殿の下に飛び立ったのであろ? 
 斯様な強き翼は妾にはない」

 目を閉じれば、騎士子の涙が目蓋の裏に浮かぶ。

 笑う内藤、
 物静かな兄、
 騒々しい甲冑達、
 …そして父。


 人であれば数度の生に匹敵する時を共に過ごした彼らと、
 ほんの数日前に声を交わしたばかりの人間と。


 理性ではいずれを取るか、考えるまでもない。
 そして、感情でも古城を捨てる事はできないとイリューは思う。

 決意を秘めたイリューの頬を、そっと聖女が撫でた。


「何かを得るためには、何かを捨てなければならない。
 そして、何かを捨てることで得られる喜びもあるわ。
 だから、もう一度言う。がんばりなさい、イリュー。
 …どんな結果になったとしても、後悔のないように」


 窓の外を去っていく少女の背を見送りながら、
 かつて人であった魔王の伴侶は、誰にともなくつぶやく。

「…私が彼の元に行ったのは、私一人の強さではないのよ」
 すっと、背後から闇の中から現れた二本の毛深い腕が彼女を抱いた。

『……ダークロードも、心配ならば自分で様子を見に来れば良いものをな』
「馬鹿ね。女の子の相談相手なら、私のようなお姉さんが適任でしょ?」

『お姉さ…』
 後ろの気配が何かを言いかけて黙ったのを感じて、聖女はくすりと笑う。

「彼も、私を望んでくれた。人間で、聖職者の私を。
 それは私一人の望みではなかったから…。
 だから、私は飛べたのよ、イリュー」


 人間達のいう、砦。

 力のある集団が確保する拠点がプロンテラにもいくつかある。
 内藤がいたのは、そんな城砦の一つだった。


 彼を誰何しようと近づいてきた門衛が、彼の襟の紋章を見てさっと脇へとどく。

「『戦車』内藤殿、帰城!」
 その声に、戦技訓練中の者でひしめいていた中庭が一瞬、静寂に包まれた。
 その静けさは決して、内藤を歓迎してはいない。

 中庭にいる者達を追い越し、
 新参の分際で金色のエンブレムを手に入れた逆毛の騎士は、総じて疎まれていた。一部の例外を除いて。


「ぐははは、内藤! 戻ったか? 戻ったか!」
 中庭の静寂を圧して響く大声の主は、例外に入る側だった。
 大鎧を着込み、巨大な槍を片手に仁王立ちした男の襟にも黄金の紋章が描かれている。

 そこに記された称号は『力』。

 男の性格そのもののような称号だった。
 その足元には、彼の稽古相手を務めていたと思しき銀の襟章の男達が3名倒れている。


「うはwww俺wwwここでは『戦車』www修正ヨロwwwっうぇ」
「ぐははは。そんなの知ったことか。俺様は俺様の好きなように呼ぶぜぇ、内藤!」

 のしのしと、倒れた連中を一応は避けながら大股で歩み寄ってくる大男を、
 内藤はいつもの仮面のような笑顔で迎えた。

 その様子を見て、中庭にいた他の面々は、二人に背を向けるようにして訓練を再開する。


 男はそれを、軽蔑を隠さない口調で嘲笑った。
「あいつらは一生“銀”のままだな。
 てめぇが弱いのを人のせいにするような腐れ根性は“銅”でも十分だろうがなっ」


 内藤が、行方不明になった下級魔族達の痕跡を追って、
 このギルド“黄金の暁”にたどりついたのは2週間ほど前。

 古代の遊具の名にちなんだとされる22の席次の一つ『戦車』を与えられたのは、
 内藤自身の技前ゆえである。

『…内藤様、
 この下品な男から少し離れてはもらえないでしょうか?唾が毛並みに飛んで不快です』


 念話で不服そうに訴えてくる内藤メア…ディスの姿は、
 赤の司祭と彼女自身の幻術によって、今はただのペコにしか見えていないはずである。

 触ったとしても、幻術にかけられている相手が
 脳内で手触りの情報などを勝手に作り上げてしまうので、まず正体が露見することはない。

 とはいえ、不用意に接触をするのは事故の元だ。
 内藤はひらりと大男のいる側に飛び降りると、手綱を取って厩の方へと歩を向けた。


「内藤、後で俺と手合わせしちゃあくれんか? 
 あいつらだと三人掛りでも手ごたえが無さ過ぎてなぁ」

「うはwww無理wwwサポシwww厩いった後www寝るwwwっうぇ」
 わざとらしく、大声で言う男に、内藤も大声で答える。

 こういったあたりが下位ギルドの構成員の敵意を増大させているのだろうが、
 ディスは今更注意する気もないようで、ため息をひとつついて曳かれるままに歩み去っていった。


 足早に、厩へと向かう内藤に、ディスはふと危惧を覚える。
 あせりは彼女の主には似つかわしくないとはいえ、既に2ヶ月。

 手がかりといえるものは、このギルドに忍び込んで以降、一向につかめてはいなかった。


『内藤様、その…この調子で大丈夫なのですか? 騎士子様も限界のようでした』
「……」
 内藤は答えない。しかし、彼の足は厩の手前で止まった。

『内藤様?』
 主の様子に不審そうな声をあげたディスに答えたのは、内藤ではない。

「クックク…今、貴方に何かされると私が困るのですよ、深淵の騎士」
 フードを目深に被ったその高位魔法使いは、暗い声で笑う。
 彼の襟には内藤のものと同じ、金の紋章。

 そこに記された称号は『隠者』であった。