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[abys012.txt] 初投稿です。ってか初めてのssです 2004/07/20(Tue)03:58

kisikoname.txt


 元来名前というものは対象を区別する為の記号であり、それ以上のものではない。

 しかしながら名前の対象が意思を持つものであるとき名前は意味を持つようになる。
 あるいは名前が意味を持つ事を期待するようになるというべきか。

 いずれにしろ自分と相手の両方がそれを名前だと認識しなければ
 名前は区別の為の記号では無いし、ましてや意味を持つはずも無い。

「と、いうわけで」

 そこまで思考してから、深淵の騎士子は言葉を発した。
 傍にいるのは深淵の騎士と内藤だけである。
 つまり定例の作戦会議中であったわけだが。

「私を騎士子と呼ぶのは止めて頂きたい。特に『たん』付けで呼ぶのを!」
「ふむ、言いたい事は理解したぞ、騎士子たん」

 涼しい顔で返事をしてくる騎士を見ながら
 騎士子はとりあえず感情を抑える事に成功したと自覚した。

 一に忍耐、二に忍耐、三四が無くて五に忍耐。
 騎士子はそれが物事を円滑に運ぶコツだと理解せざるを得ない。

 騎士子は自制しつつ
 ――こめかみの辺りがひくついている様な気がしないでもない
 ――再び騎士に言った。

「・・・私はそれを止めてくれと言っているのだが」
「俺達は受肉して個別の意思を持つようになり、それ故にお互いを区別する必要が生じた」

「それがどうした」
「だから、騎士子たんを騎士子たんと呼ばないとどっちの深淵の騎士の事かわからないだろ?」

「それなら『たん』は要らないだろうが!」
「それがあった方が可愛いから・・・OK,OK,分かったからそれはひっこめてくれ」

 騎士が慌ててそう言うと
 騎士子は目の前の阿呆にBDSを撃ち込むべく構えていた槍を壁にかけなおした。

「wwっうはwww騎士子たんwww強すぎwww修正wwされるねwっうぇ」

 騎士子が鋭い視線を投げると、
 内藤は机に突っ伏したまま寝息をたてていた。ただの寝言だったらしい。

 夢の内容と妙な寝言のタイミングの良さを訝りながら騎士子は騎士に向き直った。
 それを待って騎士は口を開く。

「だったら騎士子た・・・っとっと、君はどういう名前で呼ばれたいんだ?」
「うーむ、なんというか、もっと優雅な名前がいいな。アビス姉様のような」
「ふむ、じゃあアビスた・・・どぅわっ!」

 どこからともなく取り出した漆黒の大剣を騎士に向かって叩きつける騎士子。
 騎士は間一髪で避けたが彼のいた机と椅子は真っ二つになってしまった。

「私は」
 騎士子は大剣をゆっくりと構え直すと、硝子の様に鋭い視線を騎士に放って言った。

「アビス姉様を愚弄する者と安直で愚かな冗談を口にする者を許さない。
 ましてやその両方をする者など・・・生かしておく理由があるか?」

 騎士子は静かに笑みを浮かべている。
 彼女に死をもたらされる人間が“氷の微笑”と呼ぶその笑みを。

「悪かった。冗談が過ぎたよ」
 さすがに本気の騎士子を前にして冗談を続ける気は無いのか騎士が謝ってくる。

 騎士子は剣呑な眼差しを維持したままどっかりと席に戻った。
 机と椅子をなくした騎士は立ったまま話を続ける。

「えーと、つまり、明確な希望名はないってことなんだな?」
「まぁそうだな」
 騎士子は不機嫌なまま答えた。

「とすると、そうだな・・・君に似合う名前を城の皆に尋ねてくるのはどうかな?」
 ほんの少し口の端を歪めて騎士は提案してきた。

 この男がこういった表情をするときは何やら含みがある事を騎士子は知っているが、
 その提案自体には一理ある。

「わかった、会議の後に尋ねてくる事にしよう」
「期待通りの答えが聞けるといいがね」
 騎士は呟きなのか騎士子に向けたものなのか分からないくらいの大きさでそう言った。

「どういう意味だ」
 しかし、騎士は騎士子の問いに答える事無く、
 代わりの机と椅子を取りにいくと言って部屋を出て行ってしまった。

「・・・どういう意味だ?」
 騎士子は同じ問いを繰り返すが、それで答えが得られるはずがない。

「・・・wwwおkwww・・・おk・・・っうぇ・・・」
 未だに夢の中いる内藤の寝言だけが静かな作戦室に響いている。



 騎士子が会議を終えて私室に戻ると
 丁度アリスがベッドメイクを終えて部屋から出て来るところだった。

「あ、深淵様。会議お疲れ様でした」
 朗らかな笑みを浮かべてアリスは恭しく礼を騎士子に捧げた。

「うむ。アリスも部屋の世話の方、ご苦労。・・・で、突然なんだがちと尋ねたい事が――」
 騎士子が名前の件を尋ねようとするも、
 アリスが周りを注意深く窺ってからたった一言こう耳打ちしてきた。

「『頭装備大全』が手に入りました」
 突然騎士子の目がかっと見開かれた。
 両手はわななき、その美しき顔はついぞ見た事の無い程の驚きの表情をしている。

 騎士子はその表情のままアリスに視線で問う。それは本当なのかと。
 アリスはいつになく強い眼差しで、本当です、と言わんばかりにゆっくりと頷いた。

 その瞬間騎士子の顔がこの世の幸を全て受け止めたが如く、喜びで満ち溢れた。
 普段可愛い頭装備に目が無い事を隠している
 ――実際には周知の事実なのだが――事など忘れたかの様にはしゃいでいる。


 ああ、『頭装備大全』。

 それは昨今の頭装備ブームの火付け役となった書物の名である。
 それまでは装備品関連書物の片隅でその一部が取り上げられるに過ぎず、

 ヘルムやビレタといった実用品以外は
 一部のマニアの趣味でしかなかった頭装備だが、

 この本の登場によって実用品以外の頭装備の知名度が爆発的に上がり、
 頭装備の夜明けと言われたのは記憶に新しいであろう。

 この本の真価は頭装備の詳細なデータではなく、
 未だ完成していない未知の頭装備の数々の情報まで載っていることだ。

 しかし、趣味頭装備をつけて狩りに出かける冒険者達が急増し、
 これを危険視したミッズガルド王国はこの本を発禁処分とし、
 今では入手不可能と言われている。

 そして可愛い頭装備に目がない騎士子はこの本をのどから手が出るほど欲しがっていた。

「いったいどこでこれを?」
「はい、ダークロード様の書庫
 ――なぜこのようなものをお持ちであったのかは存じ上げませんが
 ――でイリュージョン様が見つけられまして、
 深淵様ならさぞお喜びなさいますでしょうと頂きました物を・・・あっ」

 アリスは自分の失態に気がついた。

 深淵様の可愛い頭装備好きはアリスの他にレイド姉妹と司祭しか知らない事になっていた。

 己の趣味をひた隠しにしている深淵の姿を見て、
 知らぬ振りをしようと城の皆と決めていたのだった。

 しかし、騎士子はそんな事には全く気がつかずに
 良くやった、とアリスを褒め称えている。

 『頭装備大全』を見られる喜びの前にはそんな些細な事などどうでも良かったのだ。

「よし、早速持ってまいれ!すぐにだぞ!」
「かしこまりました」
 騎士子が命を下すとアリスは軽く一礼してから去っていった。

 そして、天にも昇る心地で部屋に入っていった騎士子は
 名前の件を尋ねる事などきれいさっぱり忘れていたのだった。


「はっ、しまった」
 騎士子が名前の件を思い出したのは
 アリスが『頭装備大全』を持ってきてから1時間後、

 新頭装備の材料である金の鈴をヤファから
 剣士殿経由で手に入れよう計画を煮詰めていた時であった。

「アリス、お前に尋ねたい事があったのだ」
「なんでしょうか?」
「私にはどんな名前が似合うと思うか?」
 アリスは答えることなく首を傾げて問うてきた。

「質問の意味がわからないのですが・・・深淵様は深淵様でしょう?」
「それはそうなのだが、うーん、なんと言ったらいいか・・・」
 騎士子はとりあえず質問の仕方を変えてみる事にした。

「お前は私を何と呼ぶ?」
「深淵様、です」

「では、深淵の騎士を何と呼ぶ?」
「深淵様、です」
 二つの違う質問に全く同じ返事をしてくるアリス。
 彼女はふざけている訳ではないし、そもそもこの様な時にふざける性格ではない。

「ふむ、しかし、奴と私は違うわけだから。
 そこで、私をどう呼ぶかと尋ねているわけだ。
 それもこれもあの阿呆が
 ――深淵の騎士の事だぞ
 ――騎士子たんなどと呼ぶものだから――」

「その・・・違いというのが良く理解できないのですが・・・。
 お二方とも深淵の騎士様でしょう?」
「え?」

「ですから、お二方とも深淵の騎士様もしくは深淵様とお呼びするほか無いのですが・・・」
 今度もやはりアリスはふざけているのではない。
 真剣にそう答えているのだった。
 むしろ騎士子がわけの分からない質問をしていると捉えている様だ。

(私と深淵の騎士の違いが理解できていない?)

「あー・・・、では内藤はどう呼ぶ?」
「内藤様、です」

「うむ、私と内藤が違う事は分かるな?」
「はい勿論」
 騎士子は今度こそ期待通りの返事が聞けて満足に頷く。

「私と内藤が違う様に、私と深淵の騎士も違っていてだな――」
「いえ、あの、深淵様と深淵の騎士様はどちらも深淵の騎士様で――」
「だから、私も奴も確かに深淵の騎士だが、私と奴は違っていて――」

 結局、
 騎士子はアリスに深淵の騎士との違いを理解させる事は出来なかった。

 
 あのあと、城の住人皆に同じ質問をして回ったが、誰もが同じ答えを返してきた。

 剣士殿、
 司祭、
 ダークロード、
 イリュージョン、
 血騎士卿、
 レイド姉妹(レイド兄弟は故あって質問する前にBDSで吹っ飛ばした)、
 カーリツバーグ。

 誰も彼も異口同音でこう言った。
 騎士子も深淵の騎士も、深淵の騎士と呼ぶ他無い、と。
 

 騎士子は徒労感いっぱいで城の廊下を歩いていると、
 日暮れにはまだ早いというのにずいぶんあたりが暗くなっている事に気がついた。

 窓から外を見るといつの間にか真っ黒な雲が空を覆っている。
 それを見て騎士子は軽く嘆息する。

 雨が降れば人間どもが来る事も少なくなるのだが、
 だからといって外庭の見回りをしなくていいわけではない。

 なにより、あと一時間もすれば
 自分がその役目を負うのだからため息の一つもでようものだ。

 騎士子はなにはともあれ気を取り直して再び歩き始めた。
 とはいえ目的の場所はすぐそばにある。

 その目的の場所
 ――深淵の騎士の私室のドアを軽くノックすると中から気の抜けた返事が返ってきた。

「入るぞ」
 一声かけてからドアを開ける騎士子。
 自分の私室と同じつくりのこの部屋の主は
 ベッドに腰掛けた状態で騎士子を出迎えた。寝起きだったらしい。

「よぉ、騎士子たん。夜這いするには早過ぎるぜ?」
 挨拶もそこそこにくだらない冗談を口にする騎士を、
 騎士子は睨みつけて黙らせると猛烈に口火を切った。

「貴様、知っていたな!?」
「何の話かな?」

「私の名前の事だ!
 皆に尋ねればあの様な答えが返ってくるのをわかってて
 私をたぶらかしたのだろう!?」

 騎士子は飄々としている騎士の襟首を引っつかんで叫んだ。


「貴様も私も、同じ深淵の騎士と呼ぶ他無いと、そう誰もが言っていた!」
「分かっていたわけではない。ただ、そうなるだろうと推測はしていた」

「・・・説明してもらえるんだろうな」
「無論だ」

 騎士子が引っつかんでいた襟首を離すと、
 騎士は何事も無かったかのごとくベッドから立ち上がり、言った。

「簡単に言うと俺と君、それと内藤以外の城の連中には“個”というものが無い」
「もう少し分かるように言ってくれ。なんだって?個がない?」

 騎士子は半ば呆れた口調で言った。
 騎士子に質問された城の皆はこんな気持ちだったのだろうか。


「正確に言えば、彼らの認識には種別以下の意識が無い。

 つまり彷徨う者なら彷徨う者、
 レイドリックならレイドリックで存在が完結している。

 それ以上細かな存在を規定する思考がないんだ。

 だから、俺も君も内藤も他の深淵の騎士達もひっくるめて
 深淵の騎士という一つの存在で規定されていて、君という存在を独立に規定する事は無い。

 従って、
 独立に規定されていない君に独立に名前がつけられる事はありえない――と。わかったかな」
 しばらく虚空を見つめてどうにか騎士の説明を飲み込んだ後、騎士子は言った。

「・・・えーと、3つほど質問がある」
「どうぞ」

「1つ目。
 今のお前の説明だと私と内藤の違いも理解されないはずだが、
 その違いだけは皆はっきりと理解していた。どういう事だ?」
「わからないな」

 しれっと答えてくる騎士に騎士子は無言で殴りかかった。
 慌ててそれを受け止めながら騎士が言ってくる。

「待った待った、
 俺だって何もかも分かってるわけじゃないんだ。内藤については完全に推定外だった」
 疑惑たっぷりの眼差しで騎士を見ながらも、騎士子は殴りかかるのを止める。

「2つ目。内藤と、私とお前、その違いは何だ?元人間とそうでないのとの違いか?」
「それは違う」

「根拠は」
「俺も元人間だからだ」

 それは衝撃の事実に違いなかったが
 ――なにしろ言った本人があまりにも平常であった為に、
 騎士子は驚くタイミングを逸していた。

「それは初耳だ・・・あ、それなら人間のときの名前があるはずだな。
 お前がそれを名乗れば私が深淵の騎士を名乗る事に何の問題も・・・」

「残念だが、俺は人間の時の記憶を何一つ持っていない。
 内藤が元人間であると知ったときに、自分も同じだと思い出しただけさ」

「うーむ。いいアイディアだと思ったんだが、仕方ないか。では最後の質問」
「何かな」

「私の名前について
 有用な回答が城の皆から得られない事を推測していながら、それを薦めた訳とは何だ?」
「そんな事は決まっている!」
 これまで淡々と答えてきたくせに、突然ハイテンションになって騎士は叫んだ。

「城の皆への説明でへとへとになれば
 騎士子たんを騎士子たんと呼ぶ事をしぶしぶながら認めるに違いないとふんだからだっ」
「結局それかぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 今日も騎士子必殺のBDSが吼えた。吼えるしかなかった。


 物事を円滑に運ぶコツが忍耐なら
 人生を賢く生きるコツは諦めだろうと騎士子は悟った。

 騎士子は騎士に自分を騎士子たんと呼ぶ事をしぶしぶながら認めた、
 もとい、そう呼ばれる事を諦めた。

 騎士子たんでも騎士子ちゃんでも好きなように呼んでくれといったら、
 騎士子たんちゃんなどと呼んでくれた為に2度目のBDSを撃たざるをえなかったが。

 窓の外ではとうとう雨が降り始めたのを見て騎士子は再び嘆息する。
「あー、では・・・見まわりに行ってくる・・・」

「一つだけ思い出した」
 なぜだかすごく疲れた体を引きずって騎士子が部屋を出ようとすると、
 騎士がぼそっと呟いた。

 聞こえなかった事にしたい欲求に駆られたが、聞こえてしまった現実は変えようが無い。

「・・・何をだ」
「人間だった頃の事を一つだけ思い出していたのを思い出した」
 騎士の言う事は最後までややこしかったが、

「ミョルニール。俺を殺した男の名だよ」
 瞬間、雷光が走り、騎士の眼をはっきりと照らし出した。









[abys014.lzh] うまwwwおkwwwっうぇ 2004/07/20(Tue)16:16

N6.lzh


グラストヘイム騎士団所属の面々には、月に一度「宴会当番」といわれるものが回ってくる。

 正式名称は「ゲフェン塔最上層応援部隊」と言うそうなのだが、
 ごく稀に星辰の合う時を除けば、堅牢極まりない最上層の結界は人間を寄せ付けない。

 つまるところ、そこに召集されたそうそうたる面々は、暇なのである。例えば

『もう、戻る気はないのか? 愛娘よ』
『……はい。私は、あの人と修正…いえ、終生共に』
『そうか。……お前は、幸せなのか?』

 声に出されない念の遣り取りはいつものことだった。
 そして、それに対する答えもいつも同じ。

『私は、この命を救われたあの時よりあのお方のものです。
 あの方と共にいること、それが幸せだから…』


----


 あれは、遠い日。いつの頃か、少女がまだ幼き仔であった頃。
 彼女は名もなき中級魔としてこの世に生を受けた。

 …塔の中で駆け、敵を迎え討つ日々が幾星霜。
 強くなった彼女はやがて、護衛の精鋭候補として父の元に召された。

 白銀に輝くつややかな髪と、ほっそりした脚を見た父が彼女に微笑みかけながらつけた名は。

『Mare Desiderii…。そうだな、お前はディスと名づけよう。
 我に従う月の馬として、“夢の海”の名を汝に与える』

 父に選ばれることは喜びである。
 彼女の揺り篭であり総てであったゲフェン塔を、彼女は父と共に護らねばならない。

 そして、いずれ時が来れば戦いの中にその身を捧げ、滅びることとなるだろう。

 それが彼女の…、否、彼女達の使命だったから。
 少女はその事に微塵のためらいも感じてはいなかった。あの日までは。


『……父上?』
 戦いの狂熱は、少女の身を焦がす。侵入者を屠り、新たな獲物を求めて跳ぶ。
 その繰り返しの中で、ふと我に返ったとき、周りに父や姉たちの姿はなかった。

『……』
 ぶるる、と一声震えたのは心細さの為。一歩を踏み出そうとして、彼女は愕然とした。

『……動けない? 次元断層!?』
 稀にあることだという、
 主に従って跳躍する際に、生じた次元の裂け目に脚をとられたのだろう。

 その場から、ディスは身動きすることができなかった。
 慌てたように嘶き、身を戒めから解こうとするも、深淵の顎は彼女の足を捕らえて離さない。

 幾度目からの試みに失敗した時、彼女の耳は金属のこすれるような異音を捕らえた。
 そう、ちょうど人間の付ける鎧の板金が摺れて立てるような軋み。

『……後ろ!?』
 背筋に冷たいものが走る。首を回しても見えない背後に、人の気配。
 平静ならばすぐに気づいたかもしれないが。

 おそらくは、以前から彼女の足掻きを楽しむかのように眺めていたのだろう。残酷な、人間。


「www素割り開腹www官僚wwwっうぇ。
 居間ココニwww斎京のwww貴紙俺様www光臨www!11!!!!111」

 何か意味不明の事を喋っているその者が、
 自分の横をゆっくりと回り込むのを感じながら、ディスは屈辱に歯噛みした。

 とことんまで、その人間は己を苛むつもりなのか、
 正面から悔しさに歪んだ彼女の顔を覗き込む。

「うほっwwwいいナイトメア」
 いいナイトメアなどいるものか。我等は人に恐怖と悪夢を蒔く者。

「お前もwww独りwwwうはwwwおkおkwwwっうぇ」
『…何者なの? この人間…』
 男は奇声を発すると、動けない彼女の目を更にじっと見つめる。
 まるで、瞳の奥の何かを見るように、まっすぐに。
 少女は呑まれた様に男の目を見つめ返した。

「俺もwwwおいてかれwww仲間www
 スピアブーメランないwww黄死wwwイラネwww言われたwwっうぇ」

『……人間には仲間意識がないの?』
 相手に聞こえるはずもない思念の声だったが、
 男はまるでそれが聞こえたかのように、楽しそうに笑って答えた。

「俺様www斎京wwwだからwwwいつも一人wwおkおkwwっうぇ」
 男は、背後に現れたグールを両断した。返す刀で漂い来る操り人形を打ち返す。

『でぃす殿…危ナイ。援護…シマ…ウウ…』
「うはwww俺www強杉wwwジャックでもwww火カタナで両断www修正されるねwwっうぇ」
 果敢に攻め来る下級魔の人形を、炎を纏った両手剣で薙ぎ散らすと、男は彼女の横で座り込んだ。

「雑魚にwww用ないwwwっうぇ」
『……囮にされているの…。私が』

 卑怯者。この者は知らないのだろう。魔族には人質など通用しないことを。
 まして彼女のような一介の中級魔など父は見向きもするまい。

 だが、それもいいと少女は思った。
 父にこの愚か者が切り刻まれる様を見届けられたなら、死す事も悔しくはあるまい。
 この辱めを耐えても、必ず見届けてやろう…と。


----

「うはwww来たwww」
 男がまた、妙に嬉しそうな喋り方で言う。

『…父上? いや…気配が違うわ。これは…別の人間』
「嘔吐可運多!」

 カキーン! 少女の耳を男の掛け声が叩いた。

 反射的にそちらに蹄を振り上げる…が、騎士の剣にはばまれてそこには届かない。

 騎士達が使う剣技の中に、
 攻防一体の技があると聞いたことがあったが、これがそうなのだろう。
 ディスは己の身に走るだろう反撃の痛みに、反射的に身をそらそうとした。

   Miss!!

 男の剣は彼女の脚を確かに斬っていた。しかし、その斬撃は彼女には通じない。

   Miss!!   Miss!!   Miss!!

『な…何で…何故…』
 炎の魔力を宿した剣を背に戻し、
 男はひたすら彼女に“店売りの剣で”無益な技を繰り出し続けていた。

 舐められているのか。屈辱の涙に歪む彼女の視界の向こうに
 男の顔に張り付いたままの、道化のような乾いた笑いが見えた。

 それに、新たに現れていた他の人間達の影も。

「…うげ。低脳BOTだ…」
「武器持ち替えもできない屑BOTは伊豆にでも篭ってろっての」

 その新手の中に魔法使いのローブを見つけて、ディスは絶望した。
 彼等の魔法の前には今の彼女は無力だ。

 身動きもとれず、卑怯な騎士に嬲られるだけの我が身でも、何もできずに滅ぶのは嫌だった。
 この卑怯な騎士が死ぬのを見るまでは。いや、そんな理由ではない。理由などなくとも…。

『…嫌だ…死にたくない…父上…!』
 魔法使いが気取った仕草で杖を持ち直し、掲げる。
 詠唱を始めようと、魔術師が口を開こうとした瞬間。

「BOTじゃないよ! BOTじゃないよ!」
 突然、騎士が叫び出した声に、魔法使いは杖を掲げたまま首をかしげた。

「…なんだ、こいつ」
「BOTって発言に反応したんじゃね? 
 だっせー。なあ、通報してこのまま晒し者にしようぜ、こいつ」

 仲間らしい剣士の声に、魔術師はニヤリ…と厭らしい笑いを浮かべて杖を下ろした。

「BOTじゃないよ! BOTじゃないよ!
 (オートカウンター!!Miss!!オートカウンター!!Miss!!オートカウンター!!Miss!!)」

「そーだな。さっさとBANされやがれ、屑が」
 奴等は口々に騎士を罵倒しながら通り過ぎていく。
 その間、ずっと騎士は同じ事を、壊れたように叫び続けていた。

----

 彼女は、信じられない思いで目の前の男の、背中を見ていた。
 彼女はさっきのやり取りの意味が理解できないほど愚かではない。

『…何故、私を護った…の』
「うはwww俺とwwwお前www同じwwじゃないwww」
 彼女の思念の声を読んだ様に、男は言う。

「お前www独りwwwでも、誰かww待ってるwww誰かが来てくれるとww思ってる」
 その後姿はどこか寂しそうで、ディスは黙って続きの声を待った。

「待ってる人がいるならwww死んじゃダメwww俺にはwwwいないけどwwうはっ」
『…だけど、私は魔族で…敵なのに』

「向かってくる敵はwww倒すwwwおk」
 さっと立ち上がった騎士が、向かってきた彼女の仲間を炎の魔剣で両断した。
 この騎士に、マリオネットやグールでは相手にならないらしい。

『……』
「騎士だからwww女がwww泣いてればwww護るのはww当然www」
『だっ…誰が泣いているのよ!』
「おkおkww俺様wwww紳士www終生されるね」

 男は別の人間が通り過ぎるたびに、オートカウンターの構えを取った。
 罵声を浴びるのは常のこと、
 時に同じ人間の騎士ではなくディスに支援魔法をかける聖職者までいる。

『どうして…人間はこの人のことをわからないの? 私じゃない…』
「BOTさん、せいぜい頑張ってくださいね…速度とヒールしておきますから。MOBに(pgr」

 そんな時でも、騎士は笑顔で叫び続ける。
 自分の無実と、BOTではないと言う事を、声高に。
 そのたびに、男の魔族への奇妙な善意には、同族からの悪意が叩きつけられた。

『独りで傷ついているのは、この人なのに。癒しを必要としているのは…』
「BOTじゃないよ! BOTじゃないよ!」
『………っ』

 彼女は、何も分からないくせに男を罵倒する人間をにらみつけた。
 意のままにならぬ我が身が恨めしい。

「嘔吐可運多! うはwwwSPwwwないwwwサポシ」

 自分がいなくなれば、この騎士は自由になるのに。

 身を転じて、他の人間を討ちに行けば…、彼女は返り討ちになり、
 騎士はこの苦行から解放されるはずだ。…そして、独り戦い続けるだろう。

『…でも、死にたくない…』

 誰にも理解されないこの騎士の優しさを知ってしまった少女は、
 初めて滅びの恐怖以外の理由で自分の身を惜しんだ。

 この騎士を独りにしない為に、自分にできる事があると気が付いたから。

----

「…! DOPだ! DOPが出たぞ! うげはっ!」

   轟ッ

「うわっ! なんじゃこりゃあ!」
「ジーパンBS!」

   濠ッ    
 
   剛ッ

「…うはww!11!!」
 一瞬で、人間達は伏していた。

 圧倒的なオーラを放ち、横たわる人間達を冷めた目で一瞥すると、
 ゲフェンの王ドッペルゲンガーは自らの娘と、その傍らに立つ騎士に目を留めた。

 彼と護衛達の荒れ狂う襲撃に耐えたのは、その男ただ一人。


『……少しはできるか』

 ドッペルゲンガーの嘲るような思念に
 いつもの張り付いたような笑みを返そうとして、騎士の足元がぐらつく。


「うはwwSPwwwなかったwwwミスwwwトルティン欲しいwwwうぇ」
『娘よ、よく一人で我が戻るまで耐えた。もうしばし待て。……ツーハンドクィッケン!』

 ドッペルゲンガーの剣が黄色い魔力を帯びるのを見るや、ディスは彼の前に飛び出していた。


『……!?』
「うはっ!?」

 騎士と、悪魔と。振りかぶられた双振りの剣が宙で止まる。
 微かな、泣きそうな声がドッペルゲンガーの元に届いた。


『父上…この方は、私を助けてくださったのです。ですから…』
『……』
「wwwっうぇ?」

 戸惑うような表情のまま、騎士が倒れ伏した。
 目にも留まらぬドッペルゲンガーの一撃が男を打っていたのだ。


『…!?』
『案ずるな、峰打ちだ』

 娘の声に答えながら、魔界でも有数の高位魔族の顔が曇っていたのは、
 その先の事を見越していたからだろうか。






『お許しください。私は…父上よりも…護りたい方ができてしまいました』

 時が過ぎて。ある深淵の騎士の下に向かいたい、と

 彼女が決意を述べに来た時には、
 ドッペルゲンガーは堅く閉じた目をあけることもせず、ただ頷くだけだった。

----

「…さてもさても」
 ゆっくりとした歩調で男のもとへと歩み去り、じゃれかかる娘の姿を見送りながら、
 男はため息をついた。

「あの男というのは、そんなにもいい男なのかね、ジョーカー殿」
 背後に音もなく滑ってきた女道化師に、ドッペルゲンガーは肩越しに一瞥をくれる。

「…こっそりと忍んで参ったに、やはりお気づきか、流石はゲフェンの護りじゃのぅ」
 とはいえ、と歌うように節をつけて続ける道化。

「いかに力あるものといえど、我が娘に関しては骨抜き。それが男の難儀なところ…」
「そう言うな」
 古城や迷宮の森の誰かの事を思い浮かべたのか、
 苦笑を浮かべながらも剣士は娘から目を離さず。

「もしも、だ。もしも娘を泣かすことがあったら
 …私がじきじきに切り刻んでやると、あやつに伝えてはくれまいか?」

「…冗談を申しますな、卿。妾とて女でありますぞ?」
 わざとらしく、艶めいたしなを作ってみせる道化に、高位魔族は目をしばたかせる。
 それを面白そうに見ながら、ジョーカーは本気とも嘘とも付かぬ声音で言った。

「恋敵に塩を送るほど、妾はできた女ではないからのぅ」
 ほ、と面白そうに笑ってから、剣士姿の魔族は膝をたたいた。

「あなたほどの方がそういうからには、やはりいい男なのだろうな」
「それはそうじゃろう。馬の御し方も分からぬ素人だというに、
 卿の娘が背を許すほどの男じゃからな」

「一度、酒を酌み交わしたいものだ」
「…ほんに。その折は妾が酌をいたしましょうぞ」

----

     がぶっ
『私がいてあげる…貴方と共に、ずっと』
   www痛wwwマジwww勘弁www
     がぶっ

『だから、もう独りじゃないの。私も、貴方も…。私の内藤様』







[abys017.lzh] 内藤メア支援(ぇ 2004/07/21(Wed)15:25

7110.lzh できれば>>49氏の014を読んでから・・・


 グラストヘルムに静寂をもたらす調整日(メンテ)、
 誰もが疲れを癒している傍ら、元気に走り回る2つの影があった。

「内藤! 今日と言う今日は許さんっ!!」
「うぇwwっうぇwwwっうぇwwww」

『・・・・・・・・・』
「逃げれると思うなぁ!! ブランディッシュ・・・・・・スピアァァ!!」

「(すすっ) うはっwwここwwwwwおk」


 体勢の崩れたBDSの隙を見抜いた内藤は、瓦礫の中でも悠々と立っていた。
 星の数ほどBDSを食らった彼ならではの技術であろう。


「――――っ!! ・・・・・・き、きさまああああぁぁ!!!」

 数々の人間をこの技で屠ってきた。
 中にはガードする者もいたが、それでもじきに沈めれる。

 それをよもや避けられるとは・・・・・・
 ―――しかも笑いながら
 ―――しかも内藤に

「止まれぇ! そして当たれぇぇっ!!」
『・・・・・・・・・』
 完全に頭に血が上った騎士娘は、無茶難題を押し付ける。

「うぇww無理wwwサポシwwww」
 ・・・・・・・・・結局、無我夢中ででたらめに放った数十発のBDSの内1発が当たって終焉を迎えた。


 ガッガッ
 扉を叩く硬い音、それを聴いたジョーカは「入れ」と不機嫌そうに言う。

『失礼します』
 短く端的に。訪問者もかなり不機嫌そうだ。

「で、今宵はいかなる痴話を聞かせて貰えるのかな?」
 皆の前では見せぬ態度。

『私の話よりも、道化されてない貴方様の方が面白そうですね』
「ははっ、お主も言うようになったものだ」
 楽しげに話す姿は、まるで旧知の仲にも見える。

 が、お互いの目は笑っておらず、誰もが裸足で逃げる雰囲気が漂っていた。

「して、ディス。首を刈り取る前に話を聴いてやろう」
『まぁ、ジョーカ様はなんと御慈悲深い方なのでしょう』
 献身深いディスだが、どうも彼女の前では剣呑になってしまう。
 立場云々ではなく、女の本能だ。

「いやいや、股座を背に感じる事しか出来ぬ畜生が、とても哀れだと思ってな」
『いえいえ、物陰から盗み見て喜ぶ変態的なストーカの方が、哀れですよ』

「・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・』

 二人はお互いの鼻がくっ付きそうな距離まで、ゆっくりと歩み寄った。

「いいかげん私も限界なのだが・・・」
『まぁ、気が合いますね・・・』

 バチィドガッ!!
 ニコリと笑ってから、ディスの頬に手の平が、ジョーカの頬に蹄が当たった。

「なにが変態じゃ!乗られて喜ぶお主の方が変態じゃっ!!」
『変態が変態って言わないで下さいっ!いつもいつも貴方の視線がうっとおしいんですよ!!』

 馬に馬乗りされるジョーカに、たてがみを引っ張られるディカ。
 そして容赦の無いビンタの応酬や、耳を引っ張るなどなど・・・
 傍から見てもかなり醜い争いである。

「貴様のヨチヨチ歩きを見ているとヤツが落ちぬか心配なだけじゃ! 
 発情する暇があるなら蹴りの一つでも出してみぃ!!!」

『ヨチヨチ歩き!? ヨチヨチ歩き!? 貴方ドルイド様に目薬貰った方が良いわ!
 あの人を見てばっかりで目が腐って来たきたんでしょ!!!』

「ほう、それが主人に仕える家畜の言葉か! あやつに是非とも教えてやらんとな!!!」
『あの人ばかり見て他に目を使ってないから腐ったって言ったんです!!!
 どうやら耳も腐っているようですね!! あー年寄りはやだやだ!!!』

「若さしか無いパーのくせに減らず口たたくでないわ!!!」
「・・・・・・・・・お前達・・・外に駄々漏れしているのだが・・・・・・」

「――――――っ!!」
『――――――っ!!』
 今の今まで気が付かなかったが、騎士娘がドアに寄りかかっていた。

「・・・・・・いつから・・・そこへ?」
「掴み合いをした頃かな? ジョーカ殿に用事があってな、
 来てみると猛々しい争い声がしたもので、つい覗いてしまった」
 ある意味見てはいけない物を見てしまった騎士娘だが、特に関心が無かったので平然としている。

「しかし、ジョーカ殿の意外な一面を見れたのは収穫かもしれんな」
 ふふっと軽く笑う。

「騎士娘殿よ、それは口外して欲しくないのじゃが・・・・・・」
 バツの悪そうなジョーカを見て、騎士娘はもう一度笑うと「口外はせぬ」と誓ってくれた。

 そしてゆっくりとディカの方へと向く。

「さてナイトメアよ、いくら騎馬といえども少々度が過ぎてはいないか?」
『・・・・・・・・・う』

「もしも明日以降の任務に差し支えが出た場合・・・・・・ドッペルゲンガー卿の元へ戻ってもらうぞ?」
 彼と離れ離れになる。魂をもかき消す程の痛みが走った。

 しかし自分がまいた種である事に変わりは無い。反論は・・・許されないであろう。

「まぁ待て騎士娘殿、これは毎度の事じゃ。 さして気にする事ではない」
 意外な事に、ディスを庇ったのは先程まで叩きあいをしていたジョーカであった。

「そうなのか・・・? ふむ・・・しかし・・・・・・」
「して、何用で参ったのじゃ? 用事があると言っておったが」
 話題を摩り替えるために本題へと入る。

「ん? あぁ、実は内藤の事でちょっとな」
『――――――』
「――――――」

「? どうしたのだ、2人そろって」
『――――――雌狐ですね』
「――――――そうじゃな」

「何? いや、だからどうしたのだと・・・」
『――――――何て言うか、元凶ですよね』
「――――――うむ、元凶じゃ」

「ちょ、何の事だ。 なぜ2人して近づいてくるんだ!」
『――――――内藤様はあんなにも気遣ってらっしゃると言うのに』
「――――――言うだけ無駄じゃ。こやつは鈍感の首領じゃ」

「お前ら目つきが怪しいぞ! ん? な、何でドアが開かない!!」
『――――――貴方がもっとしっかりしていれば良かったんですよ』
「――――――別の意味でしっかりしとるからのぅ」

「ひぃ! ブッ、ブランディ―――あ、剣も鎧も部屋だ・・・・・・」
「ちょっと待て! 私は内藤を少し抑えてくれないかと頼みにき―――うあっ、ち、近寄るな!
 あいつが問題を起こす度にこちらに負担がかか―――ひぃ、は、鼻息が!」

『――――――やっぱり分かってないみたいですね』
「――――――じゃろ? 剥くか?」
『――――――剥いちゃいますか?』

 先程とは打って変わって阿吽の呼吸を見せる二人。
 何かとてつもないプレッシャーが騎士娘を襲う。

 ダークロードやドッペルゲンガーが見せる力のプレッシャーではない。
 汗が止まらない。ちょっと涙も出てきた。

「わ、私が悪かった!! 何か良く分からないが悪かった!!!」
『じゃぁ分かるまでですね』
「うむ、こやつでも分かるようにジックリとな」


 暗雲たちこめるグラストヘルム
「いやああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 今日も今日とて平和であった







[abys024.txt] 改行ミスで上げなおし 2004/07/30(Fri)02:02 suica.txt


 真夏のある暑い夜。

 「今宵はお招きいただきかたじけない」


 騎士団内にある噴水。

 「貴女にはいつも世話になってるからな」


 修道院を守護するダークイリュージョン。
 騎士団を疾走する深淵の騎士。

 その二人が向かいあう。



 「ハァハァ・・深淵たんの浴衣姿」
 「イリューたんの浴衣姿も最高だぞ・・ハァハァ」
 そしてバカ2匹


 ブランディッシュ・・&メテオスト・・

 ス ピ ア ス タ ブ !!



 一瞬あっけにとられる二人。


 視線の先にはアリス、その手には彷徨う者の愛刀村正。

 「良かった、お二人とも寸法があってて」
 深淵、イリューの二人はアマツの民族衣装である浴衣を着ていた。
 アリスのお手製、ご丁寧に腰の後ろにはうちわを挿している。

 「さぁさぁ、スイカが冷えてますよ」
 促されるまま噴水傍に設置されたベンチに座る二人。



 イリューをもてなすと言って、
 彷徨う者が得意の抜刀でスイカを一瞬で8等分に斬り分ける。

 「ほぅ・・」これにはイリューも静かに目を瞠った。


 しゃくしゃく

 静かな空間にただスイカを食べる音だけが響く。

 「しかし、良いものだろうか。いくら暑いとはいえ仕事を放棄しても」
 この期に及んで苦悩する深淵。

 「修道院には元々わらわは居なかった故、問題ない」
 まるで人事のようなイリュー

 「心配ないですよ」
 お気楽に答えるアリス


 wWw:うはwwwwおkwwwwっうぇ


 深淵は思わず頭を抱えた。確かにあれならば問題ない。
 今宵は誰もここに近づいてこないだろう。色んな意味で・・



 「しかし、我らが人の身体を得てからそう時間は経っていないはずなのに
  近頃はまるで遠い昔から人であったかのような感覚を受ける」
 苦笑交じりに深淵が言う。

 「妙なものよ、わらわ達は父上と違い人であった頃などはない。
  闇より生まれ落ち、散っていく。ただそれだけの存在であるはずなのにのう」
 そう喋るイリューの視線の先には壊れたシャンデリア。

 深淵も同じく天井を見つめ、ぽつりと
 「はじめは人間の姿を得たことには気づかなんだ。
  そして段々と自分が人間であるということがわかりはじめ、
  認めよう、わたしは恐かった。恐いと感じるコト自体が恐かった」


 呟く深淵の顔をしばらく見つめ、イリューの口元から笑みがこぼれる。
 「じゃが・・その感情も悪くないと思ってるのではないのかの?」

 「ああ」
 わたしは隣で静かにスイカを食べるアリスを抱き寄せた。

 「騎士さま、服が汚れてしまいます・・」
 「かまわぬ、明日もまた激しい戦いになる。今宵くらいは・・」
 深淵は胸元にアリスを抱き寄せ、その長い髪を優しく撫でる。
 静かに目を閉じ、深淵のなすがままにさせるアリス。

 イリューはそんな二人をしばらく見つめた後
 「わらわ達と人間の間には決定的に違う何かがある。
 じゃが、今のお主達はまるで本当の人間みたいじゃ」


 以前ならばその言葉を聞いて激昂していただろう。
 
 今は不思議と怒りや動揺は起きなかった。


 「わたしはこれからもここで戦い続ける。
  だがそれは義務や使命ではない。この子を守る。ただそれだけのためだ」


 瞳を閉じたままアリスが答える。

 「私は騎士さまと違い人ではなく、ただの人形にすぎません。
  ですが、これだけは約束できます。これからも私は貴方様のそばで仕えていきます」

 まるで恋人が口付けを交わすかのような距離の二人。


 「ほっほっほ、深淵、お主が少々うらやましくなったわ。
  わらわもまだ戦い続ける、じゃがそこに理由はない。
  戦うコト以外を知らぬのじゃ、だから・・・」


 静かに立ち上がり二人を見つめるイリュー。

 ・・・・お主達はわらわ達の新たな希望となり得るかもしれんな。
 胸の内でそう想う。


 「お主たち、これからも仲良くするのじゃぞ。
  せいぜいわらわを失望させんでおいてくれ。ほっほっほ」

 振り返ることなく扉に向かい歩いていく。


 「さて、ミミックが待っておる。わらわはこの辺でおいとまさせてもらうことにしようかの」

 「イリュー殿!
  ・・・・ご武運を」

 返事をすることなく扉を閉じた。その答えなど互いにわかりきっている。


 黒装束に身を包み、馬に跨る。手に大剣を、背では翻る旗。カリツが傍に控える。

 「騎士さま」
 アリスがそばに寄ってくる。

 「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
 ほうきを片手に深々と頭を下げる。

 「うむ、侵入者共を全て蹴散らしてくれる。
  行くぞカリツ!」

 「はっ!」

 今日も静かに戦いの火蓋がきって落とされた。
 深淵の騎士という意味では彼女はすでにその資格は失っているのだろう。
 本来の主以外の者のために戦っているのだから。

 だが、相変わらずカリツは彼女に従う。
 彼女には揺るぎない信念があり、それは彼らにとって尊敬に値するもの。

 深淵より生まれ、脆い少女の身体を持つ騎士。
 儚い泡沫の夢を胸に抱き、彼女は今日も戦場を駆け抜ける。



 一方修道院に帰ったイリュー
 「いりゅーオカエリ、いりゅーオカエリ」
 「ふふ、わらわの留守を無事に守ってくれたようじゃな」

 ミミックの頭をそっと撫でる。
 ミミックの目が浴衣に向いてることに気づく。


 「これはな、アリスが作ってくれたアマツの衣装じゃ、浴衣というらしい」
 その場でくるっと一回転する。

 「いりゅー、腰ノ所ニ何カ挿サッテル」
 「ん?あぁ、これはうちわといって・・・・・・・な!?」

 腰の後ろからすっと抜いたうちわを見て目を瞠る。

 「・・・・お主も大変じゃの・・・・・」
 「ぐすっ、しくしく・・・・」
 それは平たくのされた巨大ウィスパーでしたとさ。



 「なぁ弓の」
 「なんだ剣の」

 「我ら最初にアリスたんに吹っ飛ばされたきりだな」
 「あぁ、というかこの扱いだと出る必要性すら感じんな」

 「ふっふっふ」&「はっはっは」

 静かに木霊する乾いた笑い声二つ。実際いなくても問題なかったのだが。

 「今宵もつまらぬものを斬った・・」
 入念に愛刀の手入れをする彷徨う者。

 「しかし、アリス殿の剣の腕前は日に日に上達している様子。
 将来が楽しみじゃ。はっはっは」


 それぞれ古城の一日は過ぎていく。






[abys027.txt] しんぷちタン第2段(ぉ 2004/08/02(Mon)16:43 puti.txt


 コンコン

「・・・・?」


 ダークロードとバフォメットが杯を酌み交わしている中、
 扉から控えめなノックが聞こえた。


「だれだ」
「はいるぞ」

 少し舌足らずな幼い声。
 バフォメットはチラリとダークロードを見るが、そのままミカンを食べている。


 部屋の主が気にしていないのならば大丈夫だろうと、警戒を解く。
 声の主はドアを開けると、トテテと入ってくる。

「うむ、ひさしぶりじゃのぅ、ばふぉめっとよ」
「・・・・・・・・・? 貴様はだれだ?」


 身も知らぬ幼き子供に呼び捨てにされる。
 それは破壊の王と呼ばれている彼にとって、この上ない屈辱だ。

 突如にして部屋の姿が揺らぎ始める。

 ダークロードが魔力にて虚空より紡ぎ出した物が、その存在を維持し難くなっているのだ。


「あまりこわいかおをするでない このからだではさすがにこたえるでのぅ」
 バフォメットの威圧が襲い掛かる。

 人間ならばその恐怖に耐え切れず、魂滅してしまうだろう。
 魔族とて源である魔力をかき消されかねない。

「バフォメット・・・ そろそろ止めんとミカンが消えてしまうぞ」
 後ろの少女でなく、目の前にあるミカンを危惧した言葉には、何の感情も篭ってはいなかった。

「ほぅ、みかんか。 わらわもあやかりたいものじゃ」
 ダークロードは後ろを振り向く事なく一つ後ろへと放り投げた。

「・・・・・・なつかしいのぅ 
 あやつがねつをだしてねこんだとき、よくみかんをたべさせたものじゃ・・・・・・」


 しんぷちはミカンの皮を剥く事は無く、そっと撫ぜた。
 その顔には、慈しみ、優しさ、愛情 ―――そして、悲しみと後悔。

 バフォメットは、そんな複雑な表情をする女性を知っていた。

『ねぇ、あなた。 
 魔族としての喜び。
 人間としての喜び。

 その二つの幸せをあなたは私にくれた・・・・・・』

 いつも戦いから帰ってくると、心配してくれて、労をねぎらって、傷ついた体と心を癒してくれる。


『でもね、あの子を見る度に思うんです。
 私は、魔族としての悲しみ。
    人間としての悲しみ。それも与えられてたのだと・・・』

 だが、彼女がそんな表情を見るたび、本当に自分のした事は良かったのかと。


『あの子は・・・とても真っ直ぐに育ってます・・・
 人を助け・・・るん・・・だって・・・ みんなが・・・幸せ・・・に・・・なって・・・ほしいって・・・』

 言葉もかけれず、慰める事もできない。
 自分の背中で押し殺すように泣く女性を助けれない、そんな自分を何度呪ったか。
 この2人はどうなのだろう。

 お互い目を合わせる事無くミカンを食べている。

 ヘソに両親指を軽く入れて3等分になるように割る。
 それから実をとって、白い皮を1つ残らず綺麗に取り去る。
 剥き方も食べ方も、まるで鏡に映したかの様にそろっていた。

 お互い無意識にやっているのだろう。
 だが、それでもそろうのは・・・ 寄り添い、共に長い刻を過ごしていたからか・・・・・・


「なかなかびみじゃった さて、では わらわは にぶるへいむに いってくる」
「――――!!」
「――――!!」


 死の都ニブルヘイム

 死者のみが立ち入る事を許される負の世界。
 人間に侵される事の無いその地は、魔物にとって魂の安息ともなる。

 しかしながら、ウンバラまで勢力を伸ばしてきたとあっては、もう時間の問題だろう。


「きさ・・・いや、貴方は正気か!? ミブルヘイムで事を起こせば・・・・・・」
「しんぱいするな、わらわは しらべたいことが あるだけじゃ」

「だからと言って・・・・・・ ダークロード! 
 お前も何とか言ったらどうなんだ!! 彼女はお前の―――」
「むりじゃよ」
 しんぷちは悲しそうにバフォメットの言葉をさえぎった。

「こやつとわらわは、ことばをかわすことも、ふれることもゆるされぬ」
 食べ終わったミカンの皮をそっと置く。

「それが りんねからはずれた わらわのせいやく・・・ 
 やぶれば・・・ そくざにわらわのそんざいがかききえる・・・」

 愛しき者に触れれぬ悲しみ。愛しき者と言葉を交わせぬ悲しみ。
 ただ、ただお互いの存在を見つめるだけ・・・

「まぁ、いちねんに いちにちだけ、そのかせからはずれることができるでの。
 そうしんこくなことではない」

 そう言ってニコリと笑う。傍から見ても、とても痛々しい笑顔だった。


「さてさて、あやつがかえってくるまえにたいさんするとしようかの」
 ドアノブに手をかけ、ゆっくりと回す。1秒でも1分でも傍に居たいかの様に。


「どう言う事だ・・・・・・ ダークロード」
 バフォメットの声は低く重くなっていた。
 溢れ出す怒りを抑えるのが精一杯で、相手に気遣う余裕がない。

「どうもない アイツが言った通りだ」
 そしてまた黙々とミカンを食べ始める。

 苛々しい。
 なぜコイツはこうも平然としているのだ。愛する者の叫びが聞こえないのか。


 バフォメットは虚空からクレセントサイダーを生み出し、突き付ける。
「そうを知ってまでも・・・ 他の女に手を付けるとはな・・・」

 ダークロードの女癖の悪さは、既に魔族では知らぬ者はいないとまでされている。
 ならばあの者の耳に届いていないはずは無い。

「好きに解釈せよ・・・」
 尚もミカンを食べ続ける。

 そして、バフォメットが本気で首を刈り取ろうとした、その時。
 何処からも無く、ひと節のさえずりが聞こえてきた。



  悲しみや 幾千の事か
  苦しみや 幾億の事か
  幾重にも積みし心そこにあれど
  幾百の 時も会えぬ



 今にも掻き消えそうな声が澄み渡る。
 ダークロードは傍に置いてある古びれた笛を手にした。

 音が出るのかも怪しげな木筒をそっと口に添えると、
 真に軽やかな音色が響き渡った。



  重ならぬ言葉 重ならぬ吐息
  重ならぬ瞳   重ならぬ鼓動
  かいなに抱かれぬ心

  さりとて何を辛く思いましょうか
  貴方と共に生きてゆけるのならば
  私は前を向きましょう

  幾万の思いを ただ一度で受ける
  何と 幸せな事でしょう



 歌が終わると同時に、扉の向こうから気配が消えた。

「声を交わせぬなら歌えばいい。ま、あいつは昔っから何かにつけて歌っていたからな。
 この笛もその時からの相棒だ・・・」

 ダークロードは大事そうに布袋に収める。
 何やら角張った難しい字が書いてあったが、バフォメットはそれを読む事が出来なかった。


「もしかして・・・ お前・・・」
「魔に染まってはおらんとはいえ、あやつの魂は人から離れてかなり経っている。
 それに耐えられる人間なんぞ、一握りもおれば良いほうだ」
 少し苦笑いしてから、新しくミカンを剥き始める。

「そうだったのか・・・ ははっ、そう言えばお前は昔から素直でなかったな」
「むぅ、それを言われると痛いな」
 ミカンを食べつつ、そっぽを向く。

「伝えるまで幾年かかった?」
「10の頃から・・・・・・ 20年・・・・・・」
「魔界の貴公子と呼ばれたお前がか? 何ともウブだな」
 バフォメットは笑いを堪えるので精一杯のようだ。

 コタツをバンバンと叩き、腹を抑える。
 ダークロードは顔を赤らめて向こうを見たままだ。


「し・・・仕方が無かろう! あやつを前にすると・・・ その・・・ アガってしまって・・・」
「た・・・頼む・・・ 俺を笑い死にさせんでくれ・・・・・・」

 バフォメットは涙目になって懇願している。
 何とか笑いを治めると、真剣な・・・それでいて優しげな顔でダークロードを見つめる。

「まぁ、何にせよ、早く素体をみつけてやれ。そして、幸せになれ」
「あぁ。あいつは望んでおらぬ様だが・・・ 私に出来る全てをやってみようと思う」

「で、お前の娘の・・・ イリュージョンちゃんには伝えているのか?」
 自分の境遇を重ね合わせての事だろう。
 バフォメットは心配になり、そう聞いた。

「・・・伝えておらんよ。あやつにはまだ受け入れる余裕が出来ておらん。
 ただでさえ最近は色々と事が起こっておるからな・・・」
 また1つミカンを手に取り、口へと運ぶ。

「人魔出ずるは人か魔か。 お前達と私達は、まったく同じで、まったくの正反対だな・・・」


 ミカン箱が4つ目に差し掛かった。
「何と言うか・・・ ミカンと言う食べ物は麻薬だな」
「依存は無い。 手が止まらぬ。」

 剥いては食べ、剥いては食べ。 その行為は止まる事を知らない。
 そんななか、ふと気になったバフォメットは口にした。

「思ったのだが、愛する者のためとは言え、お前、結構ハメを外していないか?」
 ミカンの手が止まった。


「・・・うむ、いや実はな、カワイイ子タン探しが目的になりつつあったりするのだ」
「目的の摩り替わりか。 コレクターみたいだな」

「まぁそう言うな。 かといっても本業は忘れておらぬ。 
 我が妻に相応しい体を日夜追い求めているのだ」
「ほぅ。 で、その成果は出ているのか?」

「うむ。 やはりアコタンかプリタンがベストと我が魂が叫んでおる」
「・・・・・・・・・それ、職業でないか?」

「何を言うか!! 清く可憐で美しき心を持つもの達だぞ! まさしく相応しい! それに萌えるし」
「最後のは本音か」
 ミカン5箱目


「アコタンはあのポヤっとした感じがいいし、プリタンはあのスリットと妖艶さが( *゜∀゜)ハァハァ」
「む、それは認めよう。 私もテレポート先にアコプリが居た時は、手心を加えている」

「でさ、でさ、プリタンの悪魔のヘアバンドって最高とは思わんか!?」
「あれは良いものだな。プリーストがあえて悪魔のヘアバンド。
 アコからプリに変わった時の妖艶さを更に助長させる組み合わせだ」

「そっ! そっ! まさに『うふふボーヤ』状態だよね( ;゜∀゜)=3」
 ミカン6箱目


「実は俺の妻には内緒にしているのだが、アコプリ頭装備統計SS集がある」
「まじでーーーー!? くれっ! くれっ!! (((*゜∀゜)))」

「タダで・・・とはいかんな。 バレれば妻から殺されてしまう。 あぁ見えて結構嫉妬深くてな」
「それじゃ我が秘蔵の、街角カワイイ子タンウォッチングSS集と交換しよ!!」
「うむ、交渉成立だ。 これで街に出る楽しみが増えるというものだ」
 ミカン7箱目


「・・・・・・あ〜 ちょっといいでしょう・・・か?」

「おぉ、騎士娘タンか お主も一緒にコタツに入らんか?」
「ほぅ、お前が騎士娘か。噂は聞いているぞ」
 何の噂か気にはなるが、取りあえず用件を言う事にした。

「イリュー・・・・・・ジョンを探しているのだが、御二人は知りませんか?」
 戸口から聞くのは失礼にあたると思いつつも、
 ミカンの皮で敷き詰められた部屋に足場は無かった。


「いや、知らぬ。まぁあやつの事だ。心配はいらぬよ」
「・・・そうですか。 あ、そうだ。 これ、しんぷちから預かってきました ―――じゃ」

 一通の手紙を手渡すと、騎士娘は早々に立ち去った。
 ヘタに長居すれば、色々と面倒になるのは経験済みだ。
 古風な便箋に、縦書きで達筆な文字がならんでいる。

「え〜っと なになに・・・・・・」



 この部屋は盗聴しています
 もちろんバフォメットさんの奥様にも


「―――――――」
「―――――――」
 体の震えが止まらない。特にバフォメットは凄い汗の量だ。



「お・・・・・・ 俺、殺されるかもしれん・・・・・・」
「・・・あ、まだ何か・・・書いてある」


 追伸
  上を見て下さい

「「――――――?」」


 上を見ると
 マリンスフィアーがびっしり群生していた。


「さ・・・ さすが我が妻。 この後の展開を予想していたとは・・・」


 今宵も朧月夜が美しいグラストヘルム


 どごーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!


 城が揺れても平和だった。






 [abys030.lzh] 気紛れに書き綴った雑記 暇つぶしにもなりません 2004/08/10(Tue)11:11
  abys030.lzh



 〜〜 断章 I 〜〜



 不覚にも一騎打ちにて痛手を負った私は早々に戦場を後にし宿舎へともどった

 騎士の最期に繰り出された渾身の一撃

 それはヒトの身を崩すに十分過ぎたのだ

 ヒトが持つ生へ意思とは如何なる力にも勝る

 そのような事を考え独り包帯を巻き止血を急いだ



 ――――そして血が滲む 傷を庇いながら寝台に身を沈める

 いまだ戦場からは時の声が闇夜に響いていた

 それから逃れるように私は顔を壁側にそむける

 寝台からは酷い湿り気とカビの匂いが漂う

 私には些細な事でしかない

 今はただこの身体の事のみ考え

 明日もまた戦場へ投じる事のみを思う

 忌まわしきヒトの身はひとたび眠りにつけば再生を果たす

 如何なるものをもってして一筋の痕すら残す事の出来ぬこの身体

 ヒトの姿をしながら人外の者である所以なのであろうか・・・・

 しかし、その代償として一夜の免れぬ苦痛と熱がその身を焼く

 そして残らぬ痕は全て“私、自身”へと刻まれるのだ



 ――――傷はまもなく燃え始め、身を焦がすほど痛みが全身の感覚を支配する

 そうなれば自身を抱き震えて耐える事のみ

 唯一それが抗う方法なのだ

 鼓動を打つ度に身体は熱を更に帯び

 呼吸をする度に傷が疼く

 すると痕無き痕までもが痛み出すような感覚に陥る

 かつての戦場でまみえた者達が意識をよぎった

 幾年、積み上げた屍は数知れず

 名前すら知る由も無き者どもは今も私を恨むのか

 安息と呼ぶには余りにも残酷な眠り



 ───それからどれほどの時を刻んだのか

 掠れた意識下で何かが私に触れる

 今もまだ熱に縛られた身体を労わる様に

 まるで脆きモノにでも触れるかのように

 温かな感触を確かに感じ取ったのだ

 それは繊細にして儚き者の指先と慈愛

 撫でられる度に燃えるような痛みも心地良い温もりにかわる

 そして何時しか音無き慟哭は次第に失せ

 “ヒトが故の戒め”も徐々に解き放たれていく

 私は淡く緩やかな感覚に包まれていく

 何故か雫が頬を伝った



 ───ささやかな暁光が差し込む

 私は目を開けゆっくりと身体を起こした

 その身体には一片の痛みも疲れも残っていなかった

 額に纏わりつく髪をかきあげる

 不思議と目を覚ます度にある言い様もない不和もない

 血が滲みくたびれた包帯を巻き取る

 少しずつ覗く白き肌には痕は当然ない

 皮肉にも今もまだ温もりの微かな余韻がいとおしく感られる

 ふと手を止め窓辺を見つめた

 そこには立て掛けられて古びた箒がある


 「あいつめ・・・・」


 そう小さく呟き溜息をを人知れずついた






 [abys032.cab] 海水浴の話題のときに書いてたが間に合いませんでした。
 2004/08/18(Wed)04:46 sinnenn.cab



 「あー、おほんおほん。みな準備は滞りないか〜?」
 暗雲途切れぬここグラストヘイム城門前にて、
 メガホン片手にわらわらと談笑する猛者たちをまとめているイビルドルイド司祭。

 数日かに一度、城に侵入する人間が絶つこの日に
 誰の提案だか季節外れの海水浴に行くことになったGH一家。

 その引率として、城内指折りの博識である司祭は
 普段とは違うみなの目の輝きに当てられ、自身も心なしか興奮しているようだ。

 「まったく・・いくら人間が来ないとはいえ、
 総出で城を空けるなどとは正気の沙汰ではないな・・」
 「うむ、これで万が一留守中に何かあれば、われら末代(?)までの恥だというのに
 常識というものが欠けているだろう・・」

 司祭の後ろでブツブツと愚痴をこぼす漆黒と白銀の華二人。
 にぎやかな集団のそこだけが静かな空気を保っている。

 とうとう司祭はいい加減いうことを聞いてくれない集団に困り果て
 二人に助けを求めようと目を向ければ、当の二人はそんな雰囲気。

 さすがにいらついてきたようで、うっかり口を滑らす。
 「元はといえば、二人仲良く庭の泉で沐浴しているところを
 人間たちに発見され以来、使用禁止にしたらあなたたちの顔に
 士気が見えなくなったのが原因じゃないですか・・・」

 それを聞いて赤面する二人。図星だったようである。
 沐浴を禁じられて以来、騎士は庭のパトロールの回数が激減し
 導師を修道院内で見かけることがなくなったとか


      キィィィン・・・・


 喧々囂々のなか、金属が擦れ合うような響きがひとつ。
 とたんに静まり返る中、白骨の侍は一言も語らず、ただ空を見上げている。

 その表情は(といっても髑髏だが)、平然としているようにも見え
 かなりいらついているご様子。

 あの納刀の金切り音は彼特有の殺意の象徴である。
 それを知っているGH一家にとってその行動は恐怖の対象であり、
 さっきまでの喧しかったことがなかったかのように全員が口を噤んだ。


 われに返った司祭がここぞとばかりに引率を再開する。
 「・・・えー、そろそろ出発しようと思いますが・・
 その前に注意事項がダークロード様からありまーす。」

 「えー、まずひとつ、今回の海水浴はいわば慰安である。
 したがって、魔力を消費するような行動は極力避けること。

 次にー、我等は高貴な魔族である。いくら人間と出会う事が無いとは言って
 羽目をはずしすぎるような事は許さん。

 特に貴様ら、そう、インジャスティス共よ、ここは監獄とは勝手が違うのだ。
 普段どおり全裸という行為は避けよ。異性がいる事を忘れるな。それがルールだ。

 次に・・・」

 いきなりのダメ出しに愕然とするインジャスティス達。
 そんなことを余所に、ダークロードの話は続く。


 「・・・それから、写真を撮るときは、相手の合意を得てから撮影し、
 後で本人に渡すように。間違ってもライドワード板なんかに投稿するなよ。」

 「・・・なにやら某イベントみたいな注意だな。弓の」
 「ああ、だがこの注意は間違いなく俺たちに対する警告だな、剣の」

 「何を言う弓の。俺がそのような事をするわけが無いだろう。」
 「おお、今回はまともだな。今日は紳士に見えるぞ剣の。」

 「大体、無料で他のやつに見せるなどと・・こういうのは高く売れるん・・」
 「OK。もういい、だまってろ」


 「おやつは一人200zまで。それ以上は没収するからな。」
 そこにガーゴイルが一言。

 「せんせー。バナナはおやつにはいるんですかー?」
 「誰が先生やねん。」


 一同が爆笑に包まれる。とたんにまた周囲がガヤガヤとうるさくなってくる。
 このままではまた彷徨う者の怒りを買ってしまうと司祭はビクビクするが
 どうやらその侍も肩を震わせている。

 「古典的なジョークはツボなのか・・・覚えておこう。」


 「長くなったがこれが最後だ。万が一溺れて意識がなくなるような自体が発生したら
 私にすぐに報告せよ、女性に限り朝まで人工呼吸を・・・」


 (間)


 「・・・さてー。そろそろ参りましょうか。
 みなさーん、ポタ出すから順番に乗ってくださいねー。」

 こうしてGH一家慰安海水浴は幕を開ける。
 司祭の出す光の柱の横で
 無数の隕石の後と
 黒焦げのかつて主と呼ばれていたモノを残して・・・

 end






 [abys037.txt] ……息抜きニャ。 2004/09/01(Wed)14:25 N20.txt



 暗き淵。人には冥界と呼ばれる死者の都、ニブルヘイム。
 とうとうこの地の封印が解かれた。

 人間の飽くなき探究心と尽きぬ欲望が、
 とうとう禁忌の扉を開いてしまった事は、魔族にとっても一大問題である。

 更には、この地を統べる死の君主との意見交換の必要もあり、
 地上の魔族は彼の地に使節団を出したのであった。

 迷宮の森からはゴーストリングと子バフォ。
 人間の攻撃の激しいゲフェン塔は残念ながら見合わせたが、
 時計塔からは管理人自らが使節として塔を離れることを承諾した。

 そして、我等が古城代表は赤の司祭と深淵の騎士子。
 時計塔管理人を使節団長とし、副団長には赤の司祭が就いた。

 地上の魔族の実働隊の中の精鋭が揃い踏みの面々である。

 人間たちの精兵が次々と消息を絶っているとはいえど。
 誰が疑ったであろうか、彼らの成功を。
 しかし、そこは噂に違わぬ魔境であったのだ。



 まず脱落したのは最後尾を歩いていた子バフォであった。
 そも、この使節に参加した時から彼は
 一種の覚悟を決めていたようにも見える、との証言がある。

 小柄で、体力にも劣る子バフォは、
 栄えある使節に選ばれた日からずっと、使節団に害あれば
 真っ先に礎となるべく白衣をまとっていたというのだ。

 「子バフォー。荷物作ってあげたわよ! 主人としては気遣いもたまには見せないとね」
 「……主よ。着替えなどを準備してくれたのはいいが、我にこのパンツをどうしろと」
 「……私もいけると思って自分用に準備したわけじゃないんだからっ」

 僅か数日前のことが、つい先ごろのことのように思えて、子バフォは涙した。
 もはや、あの主人に再び会えることはないかもしれない、と。

 「…カワイイ! カワイイデスワ!」
 「ドリアドねぇさま! わたしも。わたしも抱っこします!」

 緑色の妖艶な美女にからめられ、愛らしい少女に抱きすくめられ。
 子バフォは抵抗もできずになすがままであった。
 「……だ、誰か……助けて…」

 「……子バフォ殿ガ遅レテオルナ…」
 異変に気づいたのは、同じく迷宮の森の住人たるゴーストリングである。
 彼は、先行する仲間に断ると、偉大なる主の子を探しに舞い戻った。

 もともと、ゴーストリングは偵察の為に様々な技術を会得した魔族である。
 行方不明の子バフォを探し、戻ることなど簡単である…、
 と。仲間たちも思い、一人送り出したのだが。

 「…フム。気配ハアチラカ…転移!」
 [フベルゲルミルの泉はテレポート禁止となっております(ごめんなさいっ]
 「……………」
 ゴーストリングは、道に迷った。

       →バフォメットJr・ゴーストリング 再起不能



 滝をくぐり更に下層を目指す一行だったが、うろうろとするうちにはぐれてしまったらしい。
 だが、交流こそ今までなかったとはいえ、そこは同じ魔族である。
 襲われる様子も無いので、時計塔管理人はどこかのほほんとしていた。

 「なんとも…独特な景色ですね、皆にも見せてやりたいところだ。
 そういえば、私がこんなに長い時間塔をあけて、みんな大丈夫でしょうか…?」

 「がおー」
 「……が…お?」
 「がおー?」

 とても嫌な予感がして、横を見る。
 だが、彼の想像に反して、そこにいたのは見慣れぬ巨大な甲冑姿だった。

 「…アラーム?」
 「がお?」
 
 「……あ。失礼しました、お客様ですね? こら、デュラたん。挨拶なさい!」
 奥から滑ってきたウサギの人形から声がする。
 いや、正確にはその上に浮かんだ幻のような映像から。

 「……ライド?」
 「あ、申し遅れました。私はハイローゾイストと申します。この子はデュラ」

 「こ、これはご丁寧に」
 目をぱちくりしながら、それでも律儀に頭を下げる管理人の視界の隅で、
 白い影が建物の影から現れるのが見えた。

 マフラーで隠した口元にニヒルな笑みを浮かべて、ぼそりと呟く。
 「……危険な奴ではなかったか。後はハイロに任せておいても平気か?」
 「あ、ディスガイズ…! 挨拶もしないで。困った人ね」

 「………アチャスケ?」
 もしや、と思って目を左右に動かすと小さな黒い影がほわほわと漂っているのが見えた。
 「…………パ、パンクまで…」

 「おやおや、こんな遠くまで地上の方がいらっしゃるとはのう」
 のそのそと、歳経た古木がやってくる。
 その表面にはどこか見慣れた雰囲気の好々爺の表情があった。
 「…………クロック殿…?」

 和気藹々と、どこか見慣れた空気で彼を出迎える一行に唖然としてから、
 管理人ははたと手を打った。

 この面々が居るならば、きっと。
 「み、皆さん以外にここには誰か居ませんかね?
  誰かまだご紹介いただいていない方がいらっしゃったりしませんか?」
 「がお?」

 「そ、そう。例えば酷く壊れてしまったデュラさんを修理する人とかっ」
 「修理、ですか? デュラは自分で治りますですから…」
 ハイローゾイストが首を傾げる。

 「じゃ、じゃあ皆さんを遠くから暖かく見守る人とかっ」
 「……死の王は、そういうタマじゃないな…。
  というか、ここは俺たちだけでやっていけている」

 「………あ、あなた達だけで平気、ですか」
 がっくりと肩を落とす管理人に、デュラたんが がおー と慰めるように吼える。

 「おや…何かお疲れのようですな? 話を聞くくらいなら、この年寄りにもできますぞ」

 隣まで這ってきた古木の暖かい声に、管理人は落涙を禁じえなかった。

       →時計塔管理人 再起不能



 ふと気づくと二人しか居ない状況に、赤の司祭は頭を抱えていた。
 脇では大剣を抜き放ったままの深淵の騎士子が油断ない目を周囲に配っている。

 「騎士子どの。こうなっては是非も無い。
 この使節は我等しかおらぬつもりで腹を据えま…」
 赤の司祭の声は、中途で途切れた。

 「…あ、あれは…」
 「どうかされたか? 司祭殿」
 騎士子も怪訝そうに司祭の視線を追い、そして固まった。

 「……なんニャ? じろじろ見るのは失礼ニャ!」
 「…………かっ」
 「か?」

 どういう原理でか、宙に浮く巨大な三日月様のものにこしかけた少女が首を傾げる。
 その頭上には、まるで生きているかのような黒猫が。

 「かーわーいーい!!」
 くるくる巻き毛の長髪を風に舞わせ、
 司祭は常の落ち着いた仕草が嘘のようなスピードで少女に迫った。

 夢見るような幸せそうな表情で、目を丸くしたままの少女にすがりつくと
 そのまますりすりと頬擦りを始める。

 「……し、司祭殿!」
 「猫! 頭に猫! 猫耳ではないこれがあったとは…
  私としたことが今まで気づきませんでした。これは素晴らしい。まさに至高の萌え」

 「痛いニャ! 撫でるニャ! …さわさわするニャ! 引っ張るニャ!」
 じたじたと両手を振り回す少女の抵抗をものともせず、
 赤の司祭は彼女を思うがままに蹂躙しはじめる。

 「司祭殿! 落ち着かれよ!」
 騎士子が大声を張り上げても、もはや耳に入らぬ様子の司祭。
 騎士子はため息をつくと、大剣を持ち直した。

 「……失礼」


    ごすっ!


 「ふぅ…酷い目にあったニャ」
 「すまぬ。この方は可愛いものを見ると常軌を逸してしまうのだ。
  犬に噛まれたと思って水に流して欲しい」
 「……犬は嫌いニャ…」

 涙目で睨む少女に、騎士子はかなり失礼な事を口走りながら、平謝りで謝っていた。
 張本人の司祭はといえば、意識を取り戻してからというもの、
 さすがに恥じるところがあるのか少女をすまなそうに眺めている。

 「すみませんっ! それを…その頭装備を譲っては下さるまいか!」
 否、全然恥じていなかった。

 「………お前は嫌いニャ。ぜっっっっっっったいに、いやニャ!」
 「……く」
 初めて見た泣きそうな司祭の顔を思わずまじまじと覗き込む騎士子を他所に、
 イビルドルイドは必死の形相で少女に取りすがる。

 「……私が頭をこうまで下げておりますのに…。そうだ、ではこのうさ耳と交換では」
 「ダメニャ!」
 「…くくっ…。ではこの大リボンもつけますゆえ…っ」

      おばちゃん

 「時代遅れの萌え非対応Mobは帰るニャ!」

 がつん、と音が出ると錯覚するほどの衝撃を受けて、司祭はよろよろとあとずさる。
 その肩を騎士子が慌てて支えた。

 「……司祭殿、とりあえず、今は任務が…」
 「…………にんむ…? にんにん…? ござるでござる」
 すっかり遠い目をしてしまった赤の司祭。

 「……お嬢さん、申し訳ないが…、本当に譲ってはもらえないだろうか?
  この方はこのままではかなりダメな人になってしまう」

 「……黒いお姉さんがつけるならゆずってやってもいいニャ」
 「…え」
 ちょっと嬉しい、けれどもそれは良くないことの前触れな気がする。
 それでも、差し出された悪魔の誘いを手にとってしまった騎士子の腕の中で、
 不穏な波動が立ち上った。

 「……きしこどの」
 「はっ、はい」
 見上げてくる司祭の目は真紅。

 「猫に相応しくない非萌えMobの私とは違うところを見せていただきましょうか?
  ふふふ…」

 「…は、その、司祭…殿?」
 わきわきとした司祭の手つきに、嫌な予感がして、騎士子は飛び退ろうとした。
 が、何かに捕らえられたように足がもつれる。

 「呪わしい…妬ましい…。ふふふ、
  若くて肌もぴちぴちなのでしょうねぇ…張りもよくて…」
 「だっ! なんでいきなり脱がすっ!」
 「……ふふふ…騎士子殿、可愛らしいですね…。ふふふ」
 「……ひぃっ!?」
 何か大事なものを忘れてしまったらしい鬼気迫る司祭と、
 それから逃げ惑う騎士の姿を見ながら、
 諸悪の現況の少女はケラケラと、小悪魔そのものの表情で笑っていた。







 そして、ニブルヘイムでは。
 「…ふむ、こんなものか? いやいや、兜はこの角度が」
 地上から萌え萌えな騎士がくると聞いて、死の王が二時間前からお洒落に余念が無かったという。






 [abys038.txt] な、なにをするきさまらー(微改 2004/09/03(Fri)20:44 N21.txt



 終盤まですれ違いっぽいですが、深淵スレ向けですよ? 誤爆じゃないですよ?
 生前のドルさまのお話でつ。

:遠い追憶:
 ジュノーの街は入り組んでいる。

 大概の新参者…、留学生や商売人は、
 まずこの街の構造に文句をつけるのが常で、
 それに向かって住人が返す言葉も似たようなものだった。

 「……しょうがないでしょう? ここはそういう街なのですから」

 私がそう言うと、赤毛の錬金術師はいつものように頬を膨らませた。
 少女の名前はルーミア。

 彼女もジュノーの住人になってもう二年になるはずだが、
 それでも嫌いなものは嫌いなのだ、という。

 「あなたは、“浮遊術”だっけ? あれが使えるからいいだろうけど。
  この重たいカートを毎度毎度上げ下げする身にもなって欲しいよ」
 「よろしければ、カートにも術を…」

 「いやっ! いい! そんな得体の知れないものはボクはいらないっ!」
 「…得体の知れない、とはまた失礼ですね。
  そういうことを言うと、値段が上がりますよ?」

 本気じゃないのを示すように、
 クスクス笑いながら、私はいつものように
 彼女に頼まれていた材料の詰まった袋を奥から引っぱり出してきた。

 というか、街中に居る商人との交渉が苦手な私は、
 頼まれていないものまで全部ルーミアに引き取らせる。

 「うわー。今日は大漁だね。……どこいってたのさ、これ」
 「この間お話した異郷ですよ」
 「…ああ、アマツとか言うところ?船乗りさんもなかなか行かないらしいのに。
  そんな箒一本であっちこっちよく行くねぇ」

 などといいながら、
 少女は器用な手つきでこの間お土産に渡したばかりの“そろばん”を弾きだした。

----

 彼女と私との付き合いは、この街に着いた日から始まる。

 ゲフェンからの国費留学生だった私と、
 アルデバランから訪れたというルーミアは、共に18歳だった。

 その馴れ初めはといえば、人に話すには少し気恥ずかしい。
 情けないことだが、私は道に迷ってしまったのだ。

 ジュノーについたのは大体お昼時だったのに、
 そろそろ日もくれようかという頃までうろついても、目指す賢者の学舎には辿り着けず。

 意を決して声を掛けたのが彼女だった。

 『…あなたも迷っちゃったんだ? ボクも実はそうなんだ』
 あせった風もなく、あっけらかんと笑う少女を、最初は馬鹿かと思ったのはここだけの話だ。

 けれども、ルーミアは非常に行動的だった。
 戸惑う私の手を引っ張り、初対面の街の人に声をかけて、
 あっという間に賢者の学舎まで連れて行ってくれた手並みは、
 まるで本職の案内人かと思うほどで。

 『あ、困った時はお互い様だし。ボクはルーミア。これも何かの縁だよ、よろしくっ』
 差し出された手をまじまじと見てから、私はようやく少女が握手を求めているのに気が付いた。

 正直、なぜ私が声をかけるまで一人でうろうろしていたのかが、
 その時はとても不思議だった。
 今では、もうその理由だってわかっている。

 『ボクは、人の為に色々するのが好き、
  自分のためにはできないことでもできる気がするんだ』
 と本人は言っていた。

 その行動力を本人の為に使えばよいのに。
 私はそうも思うけれども、ルーミアは私には絶対にできない笑い方で微笑むのだ。

 『自分の為に何かしても、すぐに意味がなくなっちゃう。
  それよりは、誰かにボクを覚えてて欲しいから』

 そう聞いたときの私の顔は、多分とても嫌な顔だったんだと思う。
 その頃にはもう、彼女のことを色々と知っていたから。



 懐かしさに少し彼女を見つめている時間が長かったのだろうか、
 気が付くと、ルーミアが怪訝そうに私を見返していた。

 「どしたの? 何かついてる? ボクの顔」
 「…いえ。もう二年になるのだなぁ、と思いまして」

 少女は、あは、と破顔した。

 「二年も、よく我慢してるよねー。お互い」
 私も苦笑を返す。人付き合いの苦手な私は、二年経っても彼女以外の友人はほとんどいない。
 知己は増えたけれども、こうやって笑いあうような気安い相手は、賢者の学舎にはいなかった。

 ルーミアといえば…。

 「体の具合は、どう? 何もない?」
 「へへ、実は昨日倒れちゃった」
 「……昨日って! この間 発作がおきたばかりなのに!?」

 彼女は、生来心臓を患っていた。
 それも、普段の生活には何の支障もないのに、ある日突然に牙を剥くというものだ。

 本の上げ下げすら浮遊魔法に頼っているひ弱な私に比べて、
 普段は何倍も丈夫そうな彼女に潜む、非情な病。それを知った時、私は神を恨んだ。

 「だんだん、短くなってきてるよね」
 「………そうですね」
 生まれた時から、死と向き合っていたからだろう。
 ルーミアは自分の事を話すときは、無頓着だった。

 だから、同情の目で彼女を見ていた人は、いたたまれなくなって去る。
 彼女の周りにも、どうやら友人は多くないらしい。
 でなければ、こんな私のところに足しげく通ってなどくれまい。

 「やだな、そんな顔しないでよ。
  約束どおり、あなたの研究が完成するまでは元気でいるから。
  真っ先に教えてくれるって言ってたもんね?」

 「…私の、よりも。あなたの研究はどうなのです?」
 「……あなたの方を教えてくれたら、ボクも教えるよ」

 頬をぽりぽりと掻きながら、ルーミアは明後日の方角を向いた。
 彼女の研究目標は、人造生命の創造。

 いまだ理論すらない未開の分野に足を踏み入れた理由は、私だけが知っている。
 ルーミアには決してできないこと。

 自分の子を残すことはできないけれど、その代わりに彼女の事を
 ずっと忘れない、そんな存在をひとつだけ。

 たった、それだけの為。


「ふふ、もうすぐですよ。あとちょっと」
 私の研究は、まだ秘密だ。

 賢者の学舎に知られるわけにもいかないし、ルーミアにも、いや、
 彼女にだけは決して知られてはいけない、禁断の分野。

 あらゆる病から解き放たれる不老不死が私の研究テーマだった。
 「……そう、あと少しだから。もう少しだけ、元気でいてください。ルーミア」
 「うん」

----

 その約束は、果たされなかった。ルーミアの縁者はほとんどいなかったらしい。
 血縁上の親は在ったのかも知れないが、葬儀にも顔を出さないような親はいないのも同然だ。

 参列したのは、私のほかにはルーミアの師と、同窓らしい少女達。
 皆、泣いていた。友人、一杯居たんじゃないか。私なんかの所に来なくても。

 私は泣かなかった。人前で泣くなんて、みっともないから。いや、違う。
 彼女の知っていた私らしくないから、だから泣かない。
 けれども、その日からの私は抜け殻のようになった



 あの少女は、遺言を残していた。
 実の親兄弟でもなく、師でもなく、何故か宛名は私になっていた。

 彼女の師匠は、初対面のはずなのに、
 いつもルーミアが私のことばかり話していたから何故か他人とは思えない、などと言いながら
 私にそれを手渡してくれた。

 初めて通された彼女の部屋は、なんとなく思っていたよりも雑然としていて、
 思っていたよりも可愛らしかった。

 ルーミアの先生は、彼女に良く似た微笑を浮かべてから、部屋を出て行った。

 私を、一人にしてくれるために。

 『ごめんね。
  これをあなたが見ているという事は、ボクは死んじゃったんだ。
  せっかく、ボクの為にイケナイ研究してくれてたのに、ごめんね』

 ここまで読んで、私は天を仰いだ。何もかも、知られていたんだ。
 それでも、私が隠していたから、ルーミアは知らない振りをして。

 もっと話しておきたかったことがある。もっと、聞きたかったこともある。
 もう、それは適わないことだけれど。

 『ボクも嘘をついていました。
  ホムンクルスの研究、もうやめてたんだ。

  ……もう、必要なくなったから。
  あなたがいつまででも、ボクの事を忘れないで居てくれるから。

  だから、あなたは自分の研究を続けてください。ボクとの、新しい約束だよ』

 ずるい。こんな風に、私を縛るのは。
 彼女の言葉はまるで囚人の足枷のように私を縛るだろう。

 それは、私の罪であり、彼女が私に与えてくれた新しい目標。
 いなくなってからも相変わらず、彼女が人のことばかり思いやっているのが、わかってしまう。
 …だから、ずるいと思う。そんな約束を、勝手にされて。破れるわけがないではないか。

 『こんな風に終わるのは残念だけど、でも、ボクはいつかどこかに生まれ変われると思うよ。
  神様だって、それくらいの公平さはあると思うんだ。だから、さよならは言わない。
  あなたがいつか、どんなに時間がかかっても、ボクを見つけてくれると信じてるから

  またね     From ルーミア』


 またね、と口の中で呟いて、私は手紙を畳んだ。
 その裏に、まだ文字が書いてあるのに気が付く。

 『追伸

  研究か狩りしか行ってないあなたは知らなかったかもしれないけど、
  世の中にはいろんな人が居るんだ。

  変なものが欲しい人とか、
  信じられないような材料から立派なものを作ってくれる人とか。
  だから、あなたにちょっとだけ、お土産を置いていくよ。

  ボクには似合わなかったけどあなたがつけてくれたら、とっても嬉しいな。
  できれば、ボクもあなたがそれをかぶって、笑ってくれるのを見たかった』

  最後の行が、少しにじんでいた理由は、私でも分かる。
  だから、私は彼女の代わりに泣いた。
  声を殺して、泣きながら。それでもほんの少しだけ笑った。天国の彼女に見えるように。

  彼女の最後のお土産の、“お洒落な帽子”が私に似合うとは思わなかったけれども。


----

 「そういえば、司祭殿はあんなに色々お持ちなのに、いつもその帽子なのだな?」
 部屋に来ていた赤毛の騎士は、そう言って首をかしげた。

 「そうですか? 自分で身につけるよりも、
 あなたが色々つけて喜んで下さるのを眺める方が、私は好きなのですよ。
 それに、集めることが楽しいのです」

 私はうっすらと微笑んだ。
 あれから長い時間が過ぎて、私はここで笑う事を取り戻した。

 けれども、私の笑みはまだぎこちないのだろう。目の前の少女の顔を見れば一目瞭然だ。
 また、怯えられてしまったようだ。

 けれども、私には時間だけはいくらでもある。
 いつか、胸を張ってルーミアに見せられるような笑顔になれる日まで。

 色あせ、古ぼけてもうお洒落ではなくなったけれども、
 この騎士の前で私はこの帽子を被り続けるだろう。




追記
 とりあえずの中の人のドル様の帽子が電波発生源です(お察しくださいっ
 ジュノー実装最近じゃん、とかいう人には(ヘブンズドライブっ

 ルーミアはLumenから。意味は輝きとか光とか。
 そんなのどうでもいいじゃんって人には(ごめんなさいっ